DATE 2009. 5. 1 NO .
白い鎧に身を包む銀髪の青年の前に、黒い甲冑の大柄な男が立ちはだかった。
岩陰から音も無く姿を現した男に驚くでもなく、青年は足を止め、男を見上げた。
「やぁ、兄さん」
明るい声音が酷く浮く。
「そこ、邪魔なんだけどな」
端整な顔立ちを彩る表情は、何も無い。
行く手を阻む男の表情の方も黒い兜の下、青年の視界には映らない。
「どこへ行く。お前のいるべき場所は――疾うに過ぎたぞ」
「あぁ、お説教しに来たんだ」
青年は通って来た道を振り返り、
「あそこが僕のいるべき場所、ね……バカバカしい」
すぐにまた男の方に向き直った。
男にもはっきりと見て取れる、あれは――コスモスの戦士達の野営の炎だ。
あの辺りは視界を遮るものもなく、ひらけた場所だ。
危険も大きいが、近づいてくる者がいればすぐにわかるだろう。
「僕の立場忘れた?」
若干あどけなさの残る仕草で小首を傾げる青年に、男は一瞬、怯む。
「ひどいなぁ……僕はね、覚えているよ」
ようやく浮かべた表情――笑顔は、完璧なまでに「笑む顔」だった。
「全部、覚えてる」
男は二の句を継ぐ事が出来ない。
ただ、立ち尽くすだけだった。
「塔の小さな窓から見下ろす、バロンの朝も」
「太陽の届かない地底世界に広がる、赤々と燃える海も」
「こんな寄せ集めのひとつなんかじゃない、暗く静かな本物の月の渓谷も」
青年は大きく腕を広げ、歌うように語り続けていた。
しかしその恐ろしいまでに澄んだ瞳が、伏せられ。
「少し前まで彼らと同じ、コスモスの戦士だった事も」
明るかった声音が低く、堕ちた。
「兄さんに捨てられた、あの日の事も」
青年の両腕が、だらりと力なくさがる。
「全部覚えてる。兄さんが去って行く足音も、声の限りに泣き続けても誰も来ない孤独感も、どんどん身体が冷えていく感覚も、全部……全部っ!!」
男の脳裏に、「あの日」の光景が鮮やかに甦った。
ただしそれは青年の言う「あの日」とは、違う。
「……僕を助けるなんてさ、もう手遅れなんだよ」
顔をあげた青年は口の端を歪め、男の前に自らの左腕を突きつけた。
緩慢な動作で外された手甲の下から、まだ血を滲ませる傷が覗く。
「野営場所からね、血痕だけ残して出て来たんだ。今頃大慌てだろうなぁ」
青年は、先程とは打って変わってとても楽しそうだった。
「……何がそんなに楽しいのだ」
「わからない? ……焦った彼らは、手分けして、僕を捜しているんだよ?」
男がようやく絞り出した言葉も、青年の前では下らない事らしかった。
「そう、手分けして。……少しずつ、けれど確実に、殺してやれるんだ。そう考えると、楽しくて仕方ない」
くつくつと笑う青年を見やりながら、男は「あの日」を思い浮かべる。
「あの」日に自分が見たものは、「この」青年の記憶には――無い。
「全て覚えているというのなら……」
低く小さな声は、眼前に迫る「その時」に焦がれる青年の耳には届かない。
「今まで耐えて来た甲斐があったよ……彼らはどんな顔をして僕の剣を見つめるんだろうね……!」
男の脳裏に、青年の傍に集う「彼ら」の姿がよぎる。
弟とは知らずに青年のフルネームを口にした時の記憶が、浮かびあがる。
「それを想像できぬお前ではあるまい」
「なら早くそこをどいてよ。それとも……まずは兄さんから、かい?」
青年が腰を落とし、剣を構えた。
けれど男はただ、歩み寄る。
「自分の名を正しく言えると言うのなら、私がお前の邪魔をする事はない」
「は…?」
青年は呆気にとられ、構えを解きかける。
だがそれも一瞬の事。
「は…ははっ、何を言うのかと思えば! こんな闘いに巻き込まれてるうちに、とうとう弟の名前まで忘れてしまったのかい兄さんは!」
青年の切っ先が、男に向けぴたりと定まる。
それでも男はただ、歩み寄る。
「……どうした、言えんのか」
「……っ! そんなわけがないだろう!」
青年の表情に、初めて焦りがにじんだようだった。
「セシル、セシルだ! これで満足か!!」
「……私は『正しく』と言った。お前にもファミリーネームがあるはずだ」
そして、憎しみも。
「どの口でそんな事を僕に聞けるんだ! 自分がした事を忘れたのか!!」
「忘れてなどいるものか。お前は私に捨てられた後、ある人物に拾われた。そして彼から家名を与えられた……私は、覚えているぞ」
男は、彼の憎しみの表情に懐かしさすら覚えた。
自分に向けられた感情の大半は、憎しみに因るもの。
だからこそそれを乗り越えて兄と呼んでくれた「あの日」の事は決して、忘れない。
たとえこれから何度輪廻を重ねる事になろうとも。
たとえ還った後にここでの記憶を失う事になろうとも。
弟の傍で笑っていた「彼ら」と今集う彼らの姿と共に、絶対に、忘れはしない。
全て、覚え続けていてみせる。
「知らない……僕はセシルだ……ずっとひとりで、これまで生きてきた……」
「違う。お前には仲間がいる」
「知らない!」
「昔も、今も、これからも……お前は『仲間』を知らないのではない、忘れているだけだ」
「でたらめを言うなっ!!」
声を荒げた青年が剣を構え直したかと思うと、その姿は一瞬の内に黒く染まる。
突き出された剣から解き放たれた闇を、男は間一髪のところでかわした。
(お前の本質を、忘れるな――)
そしてそのまま、男は姿を消した。
セシルは知っている。
憎しみを忘れない自分が「兄さん」と呼び続ける事。
それこそが男に対する最高の復讐方法なのだと、知っている。
「――セシル!」
「あぁ、フリオニールか」
呼ばれて、セシルは振り返った。
「仲間」のひとりが自分の呑気な口調に拍子抜けしている、らしかった。
「あぁ、じゃない! 全く……」
ぶつぶつと何か呟いているその「仲間」は、とてもまっすぐだった。
ひとつの想いに向かって、まっすぐ、まっすぐ。
――時に、鬱陶しくなるほどに。
「……とにかくだ、一体どうしたんだ? カオス側と交戦して怪我でもしたんじゃないかと心配してだな――」
「――大丈夫だよ」
結局また戻って来てしまった。
そんな苛立ちが、「仲間」の言葉を遮るように言葉を紡ぐ。
「僕なら、大丈夫。大した怪我でもない。心配かけてすまなかった」
「そうか? まぁ、大丈夫ならそれでいいんだが……皆も心配している。早く戻ろう」
「わかった」
裏表のない彼はきっと、兄さんと何かあったと考えているに違いない。
間違いではないものの――面白くはない。
光と闇。
自身にはふたつの姿がある。
秩序と混沌。
このふたつも、結構あやふやなものだ。
(現に僕はどちらにも関わって……今はこうして「こっち側」に潜り込んでるわけだしね……)
男の奇妙な提案に乗ったのも、「面白そう」だから。
どこに在る時も面白おかしくやっていこう――そうやって、いろんな姿をもつ自分を楽しんできた。
そんな自分の道のりも全部、覚えている。
そのどこにも、誰かとの関わりなんてない。
(にこにこして、適当にあしらっておけばそれで充分だったから)
覚えている。
そうやってひとりで生きてきた道を全部、覚えている。
(惑わそうったって、そうはいかないよ)
彼らの野営の炎が迫る。
またこの集団の中でしばらく笑っていなければならない。
最後に一度だけ、セシルは男の消えた方向を見やった。
(ねぇ、ゴルベーザ 兄さん……?)
≪あとがき≫
六個目、セシル=ハーヴィ。ようやく「4」クリアですなっつーか口調がクジャくさいorz。
この二人は本人達のようです。このサイトではごちゃごちゃ輪廻してますが←
形だけは本編と同じメンバー構成、けれど兄さんは弟を黒の方に引き寄せないように、弟は白も黒も楽しむために、内緒で入れ替わる事に成功しています。
……どうやって? ←←
「3」はたったひとつ残っている記憶に、「4」はたったひとつ欠けた要素に、苛立ってる…感じです、はい。
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